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西国三十三ヶ所納経軸の掛軸表装依頼 | 伊丹 市より
関西地方で人気の霊場である西国三十三ヶ所。この西国三十三観音霊場が「三十三」と限定されているのには実は理由があり、「法華経」や「観音経」を見ると、観音は三十三の姿に身を変えて人々を救済すると説かれており、その所説にちなんで三十三ヶ所が設定されたと言われています。西国三十三ヶ所の本尊を一覧しただけでも聖観音、如意輪観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音など様々な観音が本尊として祀られているのがわかりますね。
また当初三十三ヶ所は必ずしも固定的なものではなく、多少の出入りがあったそうです。巡拝の順序も時代によって異同があり、古書をみると大和長谷寺や京都六角堂を第一番とする記述も見られます。
そんな混乱した状況が整備され、ほぼ現在と同じ霊場とコースに統一されたのは、室町後期から江戸時代にかけての事だと言います。単に三十三ヶ所と呼ばれていた諸霊場に「西国」の称が冠せられたのもこの頃の事で、それは他地方にも坂東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所などの観音霊場が成立したからだと考えられています。
長い歴史を持つ西国三十三ヶ所のちょっとした雑学を知ると、巡礼の楽しみにも深みが出てきますね。
今回はそんな西国三十三ヶ所納経軸の掛軸表装依頼を兵庫県 伊丹 市にお住まいのお客様より承りましたので早速お伺いさせて頂きました。
伊丹 市
西宮や伊丹、宝塚あたりを移動するのによく使うメイン道路が国道171号線。通称「イナイチ」。大学時代から前職時代には本当に毎日のように使った道なのでお客様の所にお伺いするのに使うと懐かしい気持ちになります。前職の営業時代の一番の思い出の場所がこのドンキホーテの伊丹店です。
ここを起点に伊丹を回る事も出来ますし宝塚や川西、西宮の方にも出れますし、池田を通って豊中~江坂~淀川の方にまで抜けて尼崎までくるっと一周出来るという自分の中でのひとつの拠点だった場所です。(別にサボっていたわけではないですよ。)
ここから少し北上した閑静な住宅街にお客様のご自宅はありました。
つい最近満願になったばかりだそうで、最後は番外の四天王寺に行かれたそうです。今回は弊社の仏表装パターンのNo.3「向鳳凰」にて掛軸にお仕立てさせていただきました。
中の観音が墨の落ち着いた風合いだったのでこの裂地の渋い感じを気に入って下さりました。早速床の間に飾らせて頂きました。
この度は弊社に掛軸表装依頼をいただきまことにありがとうございました。
弊社は遠方のお客様でも出張相談を承っております。伊丹 市にお住まいのお客様も是非ご用命下さい。
西国三十三ヶ所の納経軸を掛軸に表装する工程はこちらの動画で詳しくご紹介しておりますのでよろしかったらご覧ください。