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スイス から重大な損傷を抱えた掛軸の修復依頼
目次
長い歴史を経て現存している掛軸の中には、重大な損傷を抱えている物も多くあります。汚れだけではなく破れや欠落などが多数発生しており、崩壊寸前で飾れない状態の場合もあります。弊社にもそういったボロボロの 掛軸の修復 のご相談がよく寄せられます。限界はあるものの弊社でも最大限の修復作業を行わせていただいております。今回はそんなボロボロの 掛軸の修復 の依頼についてご紹介させていただこうと思います。
今回ご相談いただいた掛軸がこちらです。
酷い折れジワが何か所にも渡って発生しているのがわかりますね。作品に施されている旧裏打紙を除去する過程で通常であればこの折れの部分から剥落が発生してしまいます。
欠損の部分も非常に多いですね。体の一部が無い部分もあります。
右下の背景の部分は大きく欠落しております。裏打紙も汚れている為、目立ちにくくなっていますが裏打紙を交換すると新しい裏打紙の色が出てしまい不自然な形となってしまいます。
横や裏から見ると折れの酷さをより顕著に感じる事が出来ます。
修復師の長年の悩み: 旧裏打紙除去
ボロボロの掛軸を修復するにあたって、最大の難関は旧裏打紙の除去です。通常裏打紙は糊で作品の裏側から接着されており、作品に傷みが無く前回の表具に使用されている糊の接着力が強い物を使用していなければ、スムーズに旧裏打紙をめくる事が出来ます。
しかし作品の傷みが激しかったり、前回の表具に使用されている糊の接着力が強い物を使用している場合、旧裏打紙をめくる際に作品が旧裏打紙にひっついてきてしまい破れてしまう事があります。
弊社では長年の研究により、この悩みを解決する特殊な方法により作品の損傷を最小限に抑える事が出来るようになりました。難易度が高く、手間がかかるこの特殊な作業ですがこの作業を行う事で旧裏打紙を除去した後の作品の生存率は格段に向上します。
こちらがその方法により旧裏打紙を除去して肌裏打を終えた作品の状態です。欠損を最小限に抑えて肌裏紙の交換を行う事が出来ました。作品の白い部分は元々欠損している箇所なのでここには補彩を行っていきます。
欠損部分を描く技術: 補彩
欠損部分はその周りの描写から想像して描いていきます。その為、Photoshopで予めどう描いていくかの下絵を作成した上で作業に入ります。
大量の資料とにらめっこしながら細かい部分まで描いていきます。
最も細かい顔の描写の補彩などには極細の筆を使用し、特殊な拡大鏡で対象を確認しながら行います。指の震えも許されない外科手術さながらの繊細な作業です。
補彩で大切な事は色合わせと筆に含ませる水分量の調節です。水分が多いと絵具が広がったり滲みが発生する不具合が生じる為、なるべく筆の水分を余白部分で吸収させてから少しずつ色を入れていきます。水分量が少ない為、絵具は広がりませんがその分欠損部分を埋めていくのに大変時間を要します。
補彩が完了しました。欠損部分も無くなり自然な形になりました。人物の顔の部分も欠損が多かったのですが補彩をする事により表情がはっきりとしました。人物の描写がしっかりすると作品全体の躍動感もよみがえってきますね。
作品を裏側から補強して折れの再発防止をする「折れ伏せ」
作品が折れてしまっている部分はそこだけ紙の繊維が弱ってしまっている状態ですので、そのままの状態で仕上げると再び折れが発生しやすい状態です。折れの再発を防止する為に裏から細い和紙を添え木のように接着し、補強をする必要があります。この補強で接着する和紙を「折れ伏せ」と言います。
下から光を当て折れや亀裂がある部分を探し、ひとつひとつ折れ伏せを当てていきます。損傷が激しい作品はこの折れ伏せの数も非常に多くなるので大変時間のかかる作業です。
光に透かして最終確認中。
折れ伏せ作業完了です。裏から折れ伏せの多さを確認するといかに作品が傷んでいたかを確認する事が出来ます。
掛軸の修復: その後の表装作業
過去に数回弊社をご利用いただいている スイス のお客様からの仕立替なのですが、お客様も随分と勝手がわかってきているようで色々とご自身のこだわりや好みなどをサンプル写真を用いてご説明してくださいました。お客様との詳細な打ち合わせを経て今回の仕立ては下の写真のようなイメージで製作する事となりました。
今回のご提案でお客様は弊社が作成したイメージ図をすべてご自宅のTVで拡大してご覧になって確認されたそうです。すごいこだわりですね。そこまでイメージ図を活用してくだされば弊社もうれしい限りです。
折れ伏せまでの修復作業は終了しているのでこれ以降の表装作業工程は以下の通りです。
付け廻し(切り継ぎ)
↓
中裏打
↓
耳折り
↓
総裏打
↓
仕上げ
掛軸の修復: 修復作業完了
長きに渡って作業を行ってきた掛軸の修復がついに完了いたしました。大きな牡丹柄の中廻しの裂地が作品に重厚感を加えていますね。
一文字の裂地には侍の家紋のような柄の裂地を使用しました。作品にシャープさを加え、魅力を引き立てています。
人物の表情がよみがえると作品が一気に生命力を帯びますね。折れの部分も細かい亀裂が入っていたので細かく補彩いたしました。
侍の腕の欠損部分は完全に想像で描きました。この部分を描く作業に入るまでに何パターンものイメージ図をPhotoshopで作成して何回もスタッフと会議を行いました。
今回は作品の保護の事を考慮して、太巻で保管する事をお勧めいたしました。折れ伏せを行って補強されていても作品が傷んでいる事は変わらないので長いスパンで考えると太巻で直径を大きく巻くようにした方が絶対に良いと感じたのでお客様にご説明し、ご納得していただけました。
太巻の扱い方についてはこちらの動画をご覧ください。
お客様からの声
無事にお客様の元に掛軸が届き、喜びのお返事と共にこの掛軸を飾ったスペシャルな場所の写真も頂戴しました。
タンスの上!!
しかも刀!!
格好良いですね。侍バトルの掛軸の味わい深さをより引き出しています。
以下がお礼の内容です。
(株)野村美術の皆様
本日掛軸の荷物が自宅に届きました。思っていたよりも荷物が大きくてどうなっているのかと梱包を解くと太巻の影響で大きかったのですね(笑)。ビックリしましたがすごいですね、この太巻という道具。初めて拝見しましたがこれは掛軸の保管には大変役立つ道具だと思います。
掛軸を徐々に開いていくと言葉を失う程の修復に大変感動いたしました。特に補彩の技術が凄い!!
裂地に関しましても私のわがままに最後までお付き合い下さり本当にありがとうございました。おかげさまで納得いく物が手元に届き本当に嬉しく感じております。ありがとうございました。
いつもながらに本当に嬉しいコメントを頂戴出来てスタッフ一同本当に励みにしています。お客様からこれほどまでの賛辞を頂戴出来て感無量です。これからもこのお客様のように色々な方から喜んでいただける仕事を心がけてまいりたいと思います。
ボロボロになってしまった大切な掛軸の修復でお悩みの方は是非弊社までご相談ください。
掛軸の修復 動画
掛軸の歴史について知りたい方はこちらの動画をどうぞ