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アメリカから掛軸のシミ抜き修理のご依頼
アメリカから掛軸のシミ抜き修理のご依頼
掛軸の修理のご相談で多いのがシミが発生してしまったから何とかして欲しいという内容なんですが、今回はアメリカから掛軸のシミ抜きのご依頼を頂戴いたしました。
ご相談をいただいた掛軸がこちら。
これは富士山と梅が描かれている作品なんですけど全体的に茶色く汚れてしまっているので富士山の雪の部分の白が全然浮き上がってこないで沈んでしまっていますね。
さらに小さなシミの斑点も発生してしまっているので作品を鑑賞する上で大変邪魔になりますね。
お客様はこの作品をすごく気に入っておられるみたいで、
「このシミや汚れが抜けたらきっとこの富士山や梅が浮き立って見えるようになるはず!!」
と熱く仰ってられました。
シミ抜きはやり過ぎると逆に不具合が発生する場合があるので、作品の状態を見ながら出来る範囲で行うという事もご理解いただけました。
今回はこの掛軸の修理の様子をご紹介させていただきます。
旧裏打紙除去
掛軸のシミ抜きを行うには今の掛軸に使われている裏打紙を除去しなければなりません。
裏打紙は糊で接着されているので水でふやかしてめくっていきます。
だいたい掛軸には3~4枚の裏打紙がついているのでそれらを1枚ずつ慎重にめくっていきます。
なかには糊の接着力が強くてめくりにくい場合がありますが、力づくで無理にめくろうとすると作品もその裏打紙にひっついてきてしまって破れてしまう可能性があるので少しずつ丁寧にめくっていかなければならない非常にデリケートな作業です。
洗浄
旧裏打紙の除去が終わったら専用の薬剤で作品を洗浄していきます。
まんべんなく全体に薬剤をかけおわったら刷毛で薬剤を伸ばしていきます。10~20分ほど時間をおいて汚れの成分が分解されるのを待ちます。
汚れが分解されて落ちているのがわかりますね。この流れを2~3回繰り返します。
洗浄が一通り終わったら水でしっかりと薬剤を洗い流していきます。
シミ抜き
洗浄が終わったら今度はシミ抜きの薬剤を塗っていきます。衣服でも汚れは洗濯で落としますが、シミはシミ抜き剤で落とすのと同じで洗浄とシミ抜きは別の薬剤を使います。このシミ抜きも30分から1時間ほどかけて様子を見ながら薬剤の濃度などを変化させたりして行います。
肌裏打
洗浄、シミ抜きが終わったら次に作品の裏から新しい和紙を接着させていきます。これを裏打と言います。
まずは作品に水分を与えて作品のシワをしっかりと伸ばしていきます。この作品のシワを伸ばす作業が実は簡単そうに見えて裏打の作業の中では一番難しい作業です。伸びにくい部分を無理に力を入れて伸ばそうとすると作品が損傷してしまう恐れがあるのでゆっくり丁寧に時間をかけて伸ばしていきます。
作品のシワを伸ばし終わったら裏打用の和紙に糊を塗っていきます。この糊の濃度も作品の状態によって変化させます。
必要最低限の糊の量になるよう刷毛で余分な糊を取っていきます。
いよいよ裏打です。裏打紙にシワがいかないように少しずつ刷毛で作品に撫でつけていきます。
作品に裏打紙を接着し終わったら、刷毛で撫で込みを行い作品と和紙の間にある微量の空気を抜いていきます。こうする事でより強固に作品と和紙が接着します。
刷毛での撫で込みが終わったら今度は刷毛で裏から叩いていきます。こうする事で和紙の繊維が作品に絡まりより強固に作品と和紙が接着します。
裏打が完了したら板に作品を仮止めし、乾燥させます。これを「仮張り」と言います。
付け回し
肌裏打が終わり、作品をカットし終わったら作品に裂地を貼り合わせていく「付け回し」という作業に移ります。
掛軸はよく大きな裂地の上に作品を直接貼り込んでいるように勘違いされる事が多いのですが、実際は小さい裂地のパーツを約3ミリの糊代で貼り合わせていく事で成形されます。
刷毛で塗っていく糊の量は多すぎても貼り合わせる際にはみ出て汚れの原因になりますし、少なすぎても接着しないので最適な量で行っていく必要がありますがこれには結構慣れが必要です。
今回は作品の周りに約1.5ミリの白い筋が見えるように組み合わせていきます。約7.5ミリの筋の左右両端3ミリずつが糊代となり残りの1.5ミリの部分だけが正面から見えるようにするという非常に細かい作業になります。
裂地をカットした後は必ず裂地の糸が出たり毛羽立つので糊で毛羽や糸を抑えます。
今回お客さんが選んだ裂地です。なかなか悩まれてましたがこの薄いブルーの下地に白と銀で織られた牡丹柄の紋様の裂地が作品の富士の白色を引き立てると感じ、こちらの裂地を選ばれました。白い筋が1.5ミリだけ見えるように柱の裂地を貼っています。
上下の裂地も貼っていきます。綺麗に白い筋が見えていますね。
付け回し完了です。
耳折
掛軸は作品の保護の為に両端を裏面に向かって内側に約3ミリほど裂地を折り返します。これを耳折と呼びます。付け回しが終わって2枚目の裏打である中裏打が終わるとこの耳折の部分だけを残して仕上がり寸法にあわせて余分な部分をカットします。
この赤線で囲っている部分が耳折の為の折り目です。
折り目に沿って両端を裏面に向かって折っていきます。
折った部分に糊を塗っていきしっかりと接着させて耳折完了です。
反対側も同様に行います。
仕上げ
耳折の後、3枚目の裏打である総裏打を行い仕上げ作業に移っていきます。掛軸の上部に八双と呼ばれる半月状の木を取り付けます。
掛軸を掛ける為の紐である掛緒と巻く為の紐である巻緒を取り付けていきます。
次は掛軸の下の部分の仕上げです。軸先を取り付けた軸棒を取り付けて完成です。
この後、最終検品を行っていよいよ完成です。
完成
長い行程を経て掛軸の修理が完了いたしました。
汚れも落ちて、シミも抜けましたが真っ白にする事無く、この作品が歩んできた歴史を残しながら仕立替を完了する事が出来ました。
作品を真っ白にしてしまうとこの作品の風格のような物が無くなってしまうように感じられるのでそこら辺のバランス感覚は修復する上で非常に大切になってくるデリケートな所です。
我々はそこら辺を非常に大切にしておりましてなるべく真っ白にするのではなくて作品の古い良さなどを残しながら洗浄であったりシミ抜きを行うようにしております。
お客さまが選ばれたこの裂地もおっしゃられていたように富士山や梅を引き立てていて、全体的に統一感を持って鑑賞する事が出来ますね。
新しく綺麗になった掛軸をまたアメリカのご自宅で楽しんで飾っていただけたら嬉しく思います。
弊社では今回のように汚れやシミの発生している掛軸の修理も行っておりますので困られている方は是非気軽にお問い合わせください。
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