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掛軸の折れ の原因と対策
掛軸は紙や絹を和紙と裂地と糊によって一体化させたものなので折れが発生しやすい性質を持ちます。
この折れですが美術品の見た目を損ねるだけではなく、深刻な症状の場合は作品の破損にもつながる厄介なものです。
弊社の方にも修理相談が非常に多いのですが、そもそもこの折れがなぜ発生するのかという原因と対策を今回は見ていきましょう。
掛軸の折れ の原因と対策
掛軸の折れの原因の一つには掛軸自体が硬い事が挙げられます。例えば厚く硬い画用紙を無理に小さな径で巻こうとすると折れジワが出来るように硬い物を巻こうとすると折れジワが出来ます。この掛軸の硬さですが掛軸を作る以前の素材などが原因の場合と掛軸を作った後の扱い方による原因の場合があります。
素材などが原因の場合
作品自体が硬い
元々掛軸に表装するのに相応しくない素材を無理に掛軸に仕立てた場合、硬く仕上がります。掛軸に適した素材としては薄くしなやかな物が適しています。素材に適したもの、不適な素材の例は下記リンクをご参照ください。
表装糊が硬い
表装に使われる糊は水分によってその濃度を調節し濃くなり過ぎないようにします。濃い糊を使用すると掛軸自体が硬化するだけではなく、仕立替の際に旧裏打紙を剥がし難くし、本紙を傷める原因にもなります。
扱い方などが原因の場合
掛けっぱなし、しまいっぱなし
掛軸は一般的に「掛けっぱなしとしまいっぱなしは良くない」と言われています。これは掛軸を構成する素材の機能性と外的環境に因るところが多いからです。
掛軸の素材は大まかに分類すると紙と裂地と糊になります。
それぞれの特徴として糊は水分を加えると粘度を増し柔らかくなり、乾燥して水分が無くなると硬化していき対象物を接着させます。
紙は湿気を帯びると伸び、裂地は縮むという性質を持ちます。
それぞれの素材が湿気と乾燥により伸び縮みや硬化軟化を行いながら、まるで呼吸をするかのように掛軸のしなやかさを保っているのです。
しかしその素材特有の機能はもちろん永久的なものではなく、飾りっぱなしにより外的影響を受け続けるとその調整機能は衰えていき硬化していきます。
これが一般的に掛軸の飾りっぱなしが良くないという理由にあたります。(また湿気にさらし続けるとカビやシミの原因にもなる事もその理由として挙げられます。)
一方しまいっぱなしですが、掛軸の保管には桐箱が最適だといわれています。これは桐箱は気密性が高く、内部の湿度を一定に保つのに優れているからだとされています。
湿気の影響を受けやすい掛軸には確かにもってこいの保管道具です。
しかし掛軸を巻いた状態は小さく丸めた緊張状態がずっと続いている状態です。掛軸は巻けば収納スペースをとらないという利点がありますが、ずっとこの緊張状態という負荷がかかり続けた状態は素材の機能低下を早めることになり、やはり硬化に繋がってしまうのです。
上記の理由から先人達は掛軸を長持ちさせるためにも定期的に掛け替える事を学んできたのです。
掛軸の掛け替えの際に注意していただきたいのは、湿気の多い日に掛軸を巻いて桐箱にしまうと湿気を含んだ状態で桐箱に収納する形になり、シミやカビの原因になってしまいます。
掛軸はよく晴れた日に巻いて収納するようにして下さい。
直射日光
紙は日光に曝されると黄色っぽくなり、次第に黄褐色と濃くなります。これは湿度や温度などにも影響されますが、紙の原料であるパルプ繊維中に含まれるリグニンという物質が、日光(紫外線)によって化学変化を起し、黄変化し退色が促進されて起こります。そして日光が強いほど、また曝される時間が長いほど退色の進行が早く、その程度は大きくなります。最終的に紙のしなやかさが損なわれ、硬化し脆くなっていきます。
きつく巻き過ぎる
掛軸をしまう際にきつく巻き過ぎるとその負荷が掛軸に作用し、折れジワや折れの原因となります。また掛軸を緊張した状態で保管する事になるので掛軸のしなやかさも失われやすくなります。掛軸を巻く際は少し余裕を残してゆるく巻いてあげるくらいの心持ちで扱ってください。
また掛軸を扱う際はなるべく掛軸自体を触るのを避け、両端の軸先を持つようにしましょう。掛軸自体を直接手で扱うとそれだけ余分な力を軸自体に与えるリスクが高まります。
例えば巻く際に指に力がかかり、掛軸を握りこんでしまうとシワが出来てしまいますし、手に付着した汚れや脂・水分が掛軸のシミの原因になる場合もあります。
なるべく必要最低限の接触にしましょう。
表具師に相談
それでも折れが発生してしまった場合はなるべく早く表具師に相談しましょう。
というのは掛軸に折れが発生すると同じ部分に負荷がかかる事になり劣化が進み、作品の破れや剥落につながるからです。
表具師に依頼し仕立替をする事をお勧めいたします。
旧裏打紙を剥がし、もう一度作品に水分を与え裏打をする事で多くの折れやシワは回復します。(あまりに酷い場合は復活しない場合もあります。)
折れが特にひどい箇所には裏打紙の裏側から折れ伏せ(折れ止め、折り当て、スジカイ)と呼ばれる細い和紙を当てて補強します。
どうしてもシワが回復しない場合は太巻仕様として掛軸にかかる負荷を軽減するようにする場合もあります。太巻の扱い方についてはこちらの動画をご覧ください。
掛軸の折れ修復
折れがひどかった掛軸を弊社で再表具した例をご紹介いたします。寿老人の掛軸ですが全体的にきつい折れがあるのが確認出来ます。このまま放置しておくと作品の裂けや剥落につながってしまう危険な状態です。
横から見るとどれだけ折れがひどいかがよくわかります。
掛軸仕立替後 Before → After
折れもしっかりと再表具を経て回復しています。
寿老人の顔や鹿も折れが無くなったのでより鮮明に見えるようになりました。
横から見ると再表装前と後の違いがよくわかります。
今回は掛軸の折れについて様々な原因と対策を解説いたしました。掛軸はデリケートな美術品であるのでなるべく大切に扱って長く楽しんでください。そしてそれでも修理が必要な症状が発生した際は、掛軸医師である表具師になるべく早くご相談ください。
掛軸の修理修復工程をより詳しくご覧になられたい方は以下の動画で徹底解説しています。全4回に渡る長編の解説付の動画ですのでご興味ある方は是非ご覧ください。