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古い裂地 を復刻 -掛軸の仕立替-
掛軸の仕立替のご相談を受ける時、元の裂地をそのまま利用できないかという要望をいただく事があります。理由としては新しいものを使うよりか材料代が安くなるので安価に仕上げられるだろうという考えの場合と慣れ親しんだものなのでそれをそのまま使ってほしいという場合のものです。
表具屋が 古い裂地 をそのまま利用するのをお勧めしたがらない理由
前者の理由の場合には、むしろ高額になる理由を下記のようにお伝えさせていただきます。
旧裏打紙の除去
裂地の旧裏打紙も剥がさなければならない上、旧裏打紙が綺麗に除去できるかはやってみなければわからない。たまにものすごく硬い糊を使っている場合があり何をしても剥せない場合もある為、安請け合いは出来ない。
裂地の寿命
裂地自体に傷みが生じている場合は、それを再利用しても寿命は長くはない。
寸法縮小
裂地と裂地を繋いでいる部分や耳折をしている部分など一部使えない箇所が出てくる為、どうしても全体が少し小さくなる。場合によっては作品をカットしなくてはならなくなる場合もある。
コストパフォーマンス
手間暇が上記のようにかかる為、料金も高くなる割には全体的な見た目はそれほど綺麗な印象にならない。
誤解を避ける為に、ひとつ注意点ですが古い裂地を再利用する場合はあります。しかし上記のような条件やリスクを全てご承知の上、予算もかけていただいての場合のみなのでよっぽどの場合でなければ新しい裂地にて表装し直すことがほとんどです。
古い裂地 の復刻
今回のご相談をお受けしたのは下記の掛軸。裂地の再利用に関しては裂地の傷み具合から最初から無理だという判断をお伝えし、ご納得いただきました。
しかしこの南無阿弥陀仏の表装に使われている菊の紋にどうしてもこだわりがあり、これと同じデザインの裂地で仕立替をして欲しいという強い希望がありました。理由で言うと後者の場合にあてはまるケースですね。
この場合は、これと同じデザインの裂地を用意しなければなりません。その手順は大体下記の流れになりますがお客様と裂地屋との確認事項がとにかく多くなるので大変でした(汗)。
1、裂地屋に同じ裂地 or 希望の裂地に近いものがあるかを確かめる。近いものがある場合はどの程度の類似性があるかを確認。→OKならこれで進める。
2、同じものがなかったり、類似性が高いものがない場合は新たに裂地を織らなくてはなりません。同じようなデザインで色だけが違う場合は、色糸を希望の裂地にあわせて新しい裂地を織っていきます。
3、デザインに類似のモノがない場合、新たにデザインを製作しなければなりません。このデザインの事を「紋紙(もんがみ)」と言います。
紋紙とは
裂地に柄(デザイン)を入れる場合に用いられるのが一般的にジャカード織機。織物は経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を組みあわせて製作します。複雑な紋様も経糸と緯糸の組み合わせによって表現していきます。その図面、指示書となるのが紋紙であり、紙に一定の規則に従って穴を空け、その紋紙をジャカードに読み込ませて意図した柄を織っていきます。
参考: SILOK 「その6: 紋紙の準備」 参照
4、紋紙を製作するに当たって付いて回る問題が「釜(加間)数 -かますう-」。昔の織機と今の織機は若干異なっていたり、機械によっても微妙に異なるらしく同じ紋様の大きさや紋毎の間隔が再現できない場合があるらしいです。
釜(加間)とは
裂地幅に同じ柄がいくつ繰り返しているかを表す単位。織物の一巾の裂地巾に同じパターン(紋様の配置)の柄が一つあれば一釜、二つあれば二釜と言う。釜数が多いと紋が小さく多くなる傾向があるが、ひとつのパターンが幅全体にわたる場合は、細かな紋柄でも一釜となる。
参考: minagi 着物用語辞典 参照
今回のご依頼の場合は、類似したものもなく新たに紋紙を製作する所から始まりました。(要するに完全別注。)釜数は6釜(これを「むかま」と呼びます。8釜の場合は「やかま」、10釜の場合は「とかま」と言うそうです。)紋毎の若干の隙間の違いが生じる旨につきましてはお客様にご了解いただきました。
そしてこの菊の紋で使用されている金糸ですがどの種類の金糸で織るかも確認します。金糸にも色々あり価格帯もバラバラなので。今回はお客様のご希望で高価な本金糸を使用する事になりました。さすがこだわられるだけの事はありますね。
本金糸は素材の希少性や扱いの難しさもありますが、製作に非常に多くの技術と手間が必要となります。その為、高額にならざるを得ないのですが最近では需要が減少している事もあり、製造元が在庫を維持しておくのも困難になっている為、さらに価格が高騰しています。
今回はその事情もお客様にご説明し、高額になる旨をご了承いただいた上で裂地を製作いたしました。
本金糸がどうやって製造されるかを動画で紹介しているサイトがありましたのでご興味ある方は下記のリンクをどうぞ。
古い裂地 の復刻 完成
新しく織り上げたのが上の写真の裂地です。美しくしっかりと復刻されました。
本金糸で織りあげました。本金糸にも色々あるのですが、今回はお客様の希望もあり輝きを若干抑えめにした本金糸を使用いたしました。新たに裂地を織るのにはある程度のロットが必要となる為、そこも価格が高騰する理由である旨もしっかりとご説明させていただきました。
掛軸の仕立替
材料の裂地がやっと揃い、仕立替のスタートです。
今回は材料の裂地の段取りに多くのリソースを割きましたが、実はこの作品の仕立替自身も相当手強いものでした。重度の損傷を負っている状態でしたのでこれを仕立替するだけでも本来はひとつの記事が書けてしまうくらいのドキュメンタリーな内容なのですが、今回は 古い裂地 の復刻の方に話の焦点を当てたかったので敢えて作業内容は割愛させていただきます。
仕立替が終了した掛軸が下の写真になります。作品の破損個所も綺麗に修復させていただきましたので全体的に見違えるようになりました。
仕立替前と仕立替後の違いを見比べるとその違いは一目瞭然です。
お客様にも大変ご満足いただき喜んでいただきました。お盆には親戚一同が集まるのでその席で披露されるそうです。裂地を製作するにあたって山のように確認したやりとりも思い出話としてお話しいただければ製作を請け負った者としては大変嬉しく思います。
古い裂地 の復刻のご相談は、ぜひ (株)野村美術まで。
掛軸の修理修復工程をより詳しくご覧になられたい方は以下の動画で徹底解説しています。全4回に渡る長編の解説付の動画ですのでご興味ある方は是非ご覧ください。