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美術レポ: 橋本関雪 展 @ 福田美術館、嵯峨嵐山文華館、白沙村荘
橋本関雪は大正から昭和にかけて活躍した凄腕バカテク日本画家。
近代の日本画壇を語る上で避けては通る事が出来ない絵師になります。
その実力は近代京都画壇の長とも言われた竹内栖鳳が弟子である橋本関雪が上手過ぎて嫉妬した…なんて噂が立つほど。
橋本関雪の生涯についての動画は以前まとめているのでこちらをご参照ください。
2023年はそんな橋本関雪の生誕140年に辺り、過去最大規模の大回顧展が2023年4月19日(水)~ 7月3日(月)の期間、京都3会場で行われていましたので弾丸で行ってまいりました。
今回はその展覧会のレポをご紹介させていただきます。
今回のレポを最後までご覧いただけますと今後、橋本関雪の作品を見る上でのポイントがわかりますので是非最後までご覧ください。
福田美術館
まず最初に訪れたのが嵐山にある福田美術館。
今年の4月に『日本画革命』という展覧会で訪れて以来の2回目の来訪です。「日本画革命」の動画はこちらをどうぞ。
福田美術館は2019年にオープンしたばかりの新しい美術館なのでとても綺麗でお気に入りです。
3つの部屋があり、恐らく3会場の中で最も展示数が多かったのではないかと思います。
特にこういった大型の作品は福田美術館ならではの展示ですね。
ちなみにこちらの『僊女』(6/6~7/3展示、絹本着色、額装、1926制作、西宮市大谷記念美術館所蔵)は女性の仙人が優しいオーラを発して小鳥が近寄ってきている微笑ましい図。
手前の鹿も仙女に何かを求め過ぎ…鼻息荒そう(笑)
顔が妙にリアルでアニマルチック過ぎて何故か笑ってしまいました。さすが動物画の名手と謳われた橋本関雪ですね。
橋本関雪芸術のクライマックスと言われたラスト約10年間の動物画も種類が多く、お猿さんも大量にあったので見応えがありました。
橋本関雪は中国文化をこよなく愛し、中国文化に材をとった作品が多くを占めることもあってか、会場には中国語を話される方もいらっしゃったのが印象的でした。
嵯峨嵐山文華館
続いての会場が福田美術館から歩いて3分の嵯峨嵐山文華館。
福田美術館の設立者が嵯峨嵐山文華館の運営団体の理事長という事もあり、共催の企画展が非常に多いのが特徴。
福田美術館と2会場共見ると割引になるという特典もある場合が多いのも嬉しいです。
つい忘れられがちな穴場ですがここでしか展示されない作品も多いので福田美術館に行かれた方は是非行かれる事をお勧めします。
会場は1階と2階に分かれてまして会場の前には謎に改札のようなゲートがあり、チケットで開けます。
一階は通常の美術館スタイル。穴場なのでゆったりと作品を鑑賞出来るのでお勧めです。
セット物や欄間額、巻物などのレア物も展示されていました。
2階は大きな和室で新鮮でした。普段の美術館の展示とは違い、和の雰囲気でこそ日本美術の作品は映えるなぁと改めて感じました。
普段では絶対に出来ないくらい作品から距離をとって座って鑑賞するというのも出来るのが新鮮でした。
白沙村荘
3つ目の会場は橋本関雪の邸宅でもあった白沙村荘。
東山に位置するという事でまさに西の嵐山から東へバスで1時間少しの大移動でした。(京都は公共交通機関機関が大変便利)
バス停からGoogleナビを頼りに歩いて向かったのですが入口がトリッキーでわかりづらいのが少し難点。少し迷いましたが大通りの今出川通沿いに入口がありました。
広大な庭園がみどころと言われているだけあって自然を感じられる素晴らしい景観でした。
蓮の花や紫陽花など季節の花がたくさん咲いているのがとても綺麗でした。
アトリエでは何か別のイベントが行われていましたが今回の展示会場はさらにその奥のこちらの建物。
こちらの建物は2014年に敷地内に建てられた美術館。
ずっと『どんな形で作品を展示するんだろう?橋本関雪のアトリエに作品飾るのかなぁ〜』と思っていたのでこちらの建物が会場とわかってものすごく納得しました。(そらそやわな)
今回、訪問したタイミングは全くの偶然でしたがなんと館長さん(橋本関雪のひ孫さん)のギャラリートークをしているのと同タイミングでした。(ラッキー♪)
土曜日の夕方最終の時間帯(16時がラスト受付)でしたが会場には多くの方が来場されており熱心に館長さんのお話を聞いておられました。
今回はこの館長さんの心の中にもの凄い火の玉のような魂を感じました。
曾祖父の偉業を多くの方に伝えようと今回の企画展にかける想いのようなものが体重の乗った説明から感じ取れました。
館長さんのお話でしか知り得なかった情報も盛り沢山で大変満足度が高かったです。
福田美術館は創立以降も積極的にコレクション拡充に努められていて、その中には長年行方が分からなくなっていた重要な作品も含まれていたらしく、今回の企画展の打ち合わせの中で再発見され、初お披露目となった作品もあったそうです。
イチオシ作品5選
続いて今回の展覧会で見た作品の中でイチオシ作品を5点だけご紹介させていただきます。
諸葛孔明
まず最初にご紹介したい作品が六曲一双の屏風に描かれた『諸葛孔明』。橋本関雪は中国文化に材を取った作品が非常に多いですがこちらの作品は三国志の『三顧の礼』の様子を描いた作品。
細かい吹雪の描写が画面全体に一切手を抜く事なくなされているのにまず驚かされました。いかに天候が悪く寒い状況なのかが伝わってきてました。
右隻には庵の中にいる諸葛孔明が描かれていました。めっちゃ退屈そう…(;´Д`)
屏風の紙継ぎの痕が見れたのも面白かったです。
左隻には三人の男の描写。右側が劉備と関羽、左が張飛だと考えられます。
関羽めっちゃ嫌がってますやん、その顔www
「兄貴~、やめよ~ぜ~。こんな雪の中いなかったらメンタルダメージ半端ないから帰ろうぜ~。」とでも言ってそうな顔。
それに対して劉備は「大丈夫! 根拠は1万%無いけどきっといるから行ってみよう」と目をキラキラ輝かせている謎にポジティブそうな劉備。結構言い出したら聞かない面倒くさい系のリーダーだったのかなと思わせる。
二人にちょっと遅れてトボトボついてきている張飛…心もう折れてますやんww だいぶ距離開いてるよ~。
色は殆ど使われていない静寂なシーンを描いた作品なのですが確かに登場人物の声が聞こえてきそうなドラマを感じる事が出来たユニークな逸品。
この物語の描写による再現力はさすがと思わせる物がありました。
林和靖
次にご紹介したいのが「林和靖」を描いた六曲一双の屏風。
林和靖は中国の詩人で鶴と梅が大好きで知られる文人おじさんで良く画題になります。
こちらの作品は林和靖が梅の木にもたれかかりながら遠くを見つめ物思いにふけっている様子が描かれていました。
この表情がたまらなくなるほど写実的で肩の力を抜いてリラックスしながらも考え事をしている感が見事に表現されています。
この足元の交差も林和靖の無意識の仕草を描いているのでしょうが、これによりよりリラックス感が増して画面にゆったりとした空気が生まれています。
ちなみにこの林和靖を描いた作品で本作品と対極の躍動感しかない作品が曾我蕭白の描いた林和靖図屏風。同じ画題なのにこうも表現者によって違うのかと改めて感じさせられました。
そしてこの作品のもうひとつ特筆すべき点が左隻の一番端の第六扇です。
ここ…ほぼなんも描いてませんやん!!
チョンっしか描かず他は余白という恐ろしく大胆な試み!! この余白力は凄い!! 相当勇気ある余白力です。確かにこのチョンによって画面全体に余韻のような物が生まれて意味のある余白となって鑑賞者に幽玄を感じさせるのに成功していますが、これ失敗したらただのスカスカの絵ですからね。
ちなみにこのチョンテクは橋本関雪は超多用している得意技です。
下の作品は「閑適」という作品ですが、左隻の第六扇は水辺がチョンされています。
このチョンがあるおかげで水辺の広がりや陸の部分が想像できる・・・心憎いなぁ~。
続いて「五花斑馬」という作品も左隻の第六扇にチョンテクが使われています。
これで水場の広がりが想像出来ます。関雪チョンテクつこてるなぁ~。
極めつけはこちらの「猟」という作品。こちらのチョンは何かの描写があるわけではなくなんと落款です。(そんなんあんの?)
橋本関雪の師匠の竹内栖鳳にも落款で画面全体の抜きのバランスを取っている作品が多いのでその影響とも考えられるのが非常に興味深いです。
このチョンテクによる大胆な余白力というのは橋本関雪の最高傑作と言える「玄猿」の余白にもつながっているとも考えられます。
後醍醐帝
次にご紹介したいのがこちらの「後醍醐帝」という六曲一双の作品。
こちらの作品は特に橋本関雪にとって思い入れの強い作品になります。
というのも橋本関雪の先祖は橋本八郎正員という楠木正成軍団の一員でした。
楠木正成というと鎌倉時代を倒した後醍醐天皇が建武の新政を行っていた際に、足利尊氏が反乱を起こして劣勢の中、最後の最後まで後醍醐天皇に味方して湊川の戦いで殉節した武士。
その生き様が幕末の勤王の志士にリスペクトされました。
そういった経緯もあって明治天皇が湊川神社を創建するように命じた為、先祖に対して格別の弔いをしてくれた明治天皇に橋本関雪は大感謝。
そんな中、1912年に明治天皇が崩御した際に描かれたのが本作品。
本作品は足利尊氏に京都で幽閉されていた後醍醐天皇が京都を脱出する様子が描かれています。(この後、奈良の吉野に移って朝廷を開き南北朝時代がスタートします。)
後醍醐天皇の周りにいる武士達は主無き後の楠木正成軍団。
この軍団の中に先祖である橋本八郎正員を描き、自身を橋本八郎正員に、後醍醐天皇を崩御された明治天皇に見立てて描く事で自身の忠誠心を表現し菩提を弔った作品とも言われています。
橋本関雪の体重が乗った本作品は第6回文展で褒状を受賞しました。
そういった意味でこの作品は橋本関雪にとって意味深い作品になります。
玄猿
次にご紹介したいのが橋本関雪の最高傑作と呼び声高い「玄猿」という作品。
こちらの作品は長年連れ添った最愛の妻・ヨネの死を乗り越えて描いた橋本関雪の悲しみが表現された作品として日本美術史上に残る屈指の猿図と言われています。
以前の動画でこちらの「玄猿」について解説している部分がございますのでまずはこちらの動画をご覧ください。(クリックするとその部分から見る事が出来ます。)
正直、今回の回顧展はこの作品を見る為に京都に行ったと言っても過言ではないくらい楽しみにしていました。
なので3会場で前期後期ある中で唯一この作品が白沙村荘に展示される後期を狙っていきました。
順番的に福田美術館で先に同タイトルの作品が何点か展示されていたので見たのですが正直個人的な感想としては「あれ?」って感じてしまいました。
もちろんその作品単体で見れば別に違和感を感じる事なく「すげ~!」と言って感動していたと思うのですが、自分の中での「玄猿」に対する期待値が上がり過ぎていた事もあって謎の物足りなさ感があったのです。
「細部がちょっとずつちゃうねん、重みとかバランスとか表情とか墨のボケ方とか…」
「玄猿」に期待し過ぎていたのかと少し不安な気持ちを抱えながら、白沙村荘に向かい本チャンを目の当たりにした時、
「コレコレコレコレコレコレ~!!!! この猿をワイは待っとったんや!! この絶妙な背景の墨のぼかしによる重み、木を掴んでいる手のグリップ感と今にも動き出すかと言わんばかりの躍動的な静止状態、何か掴んだるぞ~~~と思わせる右手の本気具合、そして憂いを帯びた両方の猿の表情…すべてがパーフェクトや!!!」と心の中で雄叫びを上げまくってました。誰も聞いてへんけど。
そしてさっき林和靖のチョン描きテクでお話した余白力。この絶妙な余白が画面全体に何とも言えないヒリついた緊張感を生み出しています。ここに鑑賞者は「何か」を感じる事が出来る。この「何か感」…something else力が抜群に表現されたまさに橋本関雪の最高傑作であり、猿画史上の屈指の名品です。
こちらの作品がこの白沙村荘で見る事が出来たのは今回が初めて。むしろこの作品を白沙村荘で展示する為にこの美術館を建設したとさえ言えるくらいの悲願であったらしく館長の熱き魂をもってしてこの回顧展で実現した実物鑑賞に心震えました。
木蘭
最後にご紹介したいのが「木蘭」という作品。
こちらの作品こそ橋本関雪のマル秘テクが随所に使われている作品になります。そのテクのお話をする前にまずこの木蘭がどういった作品なのかについて以前の動画でご紹介しておりますのでまずはこちらの動画をご覧ください。(クリックするとその部分から見る事が出来ます。)
さて、マル秘テクニックの話ですが、今回色々橋本関雪の作品を見た中で、特に屏風作品に多く共通するのが背景が妙にうっすら柔らかく明るいんですよ。肌色っぽいというか黄色っぽいというか…林和靖や猟など…そしてこの木蘭も。
特にこの木蘭に関しては木の幹のグラデーションが独特なふわっと消えてしまいそうな柔らかみが感じられます。
木蘭の独特の柔らかい表情もこの不思議な柔らかい色彩が使われています。
この独特の柔らかい色彩を作り出しているマル秘テクニックが「裏箔」と呼ばれる技術になります。
特に絹本で使われるテクニックですが裏から金箔を貼って独特の柔らかな色彩を出すテクニックだそうです。
絹というのは大雑把に言うと縦糸と横糸で織られて出来上がっているのでその繊維の隙間から漏れ出る形で金箔の色が表に作用するのを利用したテクニック。
「裏彩色」という絵具を裏から塗るテクニックは伊藤若冲を始め古代の仏画などでは使われていましたが金箔が使われているというのを聞いたのは今回が初めて。白沙村荘の橋本館長がご説明してくださいました。
金の絵具の金泥よりも金箔の方が明るく発色するのでそれがデフォルトで画面全体にされているのでナチュラルに画面に柔らかみが備わっているという事です。
なので通常なにか色を作ろうとすると色々な絵具を混ぜなくてはいけないのですが混ぜすぎると絵具は暗く混濁してしまいます。しかしデフォルトで裏箔の明るさがあるので薄塗りをするだけで様々な色合いが作れるという…。橋本関雪の薄塗りの上品な色合いの世界観はそうやって出来ていたのかと納得してしまいました。
また、金箔を画面裏側全体に貼るとなるとかなり高額になってきますが文展で入選を重ねた関雪にとっては楽勝。(白沙村荘建ててるくらい裕福やからね)
しかもこのテクはかの横山大観が編み出した技だそうです( ゚Д゚)スゲ~ (橋本館長に伺いました)
作品によっては金箔を裏から貼っている継ぎ目のような物が見れる物もあり感動しました。
今後、橋本関雪の作品を見る上でひとつのポイントになってきそうですね。
ちなみに動画でも述べていましたが「この従者は木蘭見えてますやん」と思っていました。
実はこれ、屏風の形で展示すると見えなくなるんです。
どういう事かと言うと屏風は展示する時にジグザグに折り曲げて自立させます。
この際に従者と木蘭の間の木が山部分となり木蘭が谷部分に位置する為、従者からすると正に見えなくなるのです。
図録や画像での平面的な見せ方ではわからない、実際の現物、生のライブで日本美術を見てこそ初めて味わえる楽しみをここでも味わえました。
こういった所が橋本関雪のユーモアがある所ですね。
総括
いかがだったでしょうか?
今回は橋本関雪展についてのレポをご紹介させていただきました。
まとめとして今後、橋本関雪の作品を見る上でのポイントとなる点をまとめさせていただきます。
1: 物語からの情景描写力が高い
2: チョン描き余白力
3: 動物のエモイ表情
4: 裏箔による柔らかな色彩
是非、今後の橋本関雪の作品鑑賞にお役立てください。