「美しい 春画 」@ 京都・細見美術館 を楽しむ9つのポイント

葛飾北斎「浪千鳥」(部分)

 

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はじめに 「 春画 とは」

今回は「春画を楽しむ9つのポイント」についてお話しさせていただきます。

春画 といえば、江戸時代に特に流行した性風俗を描いた絵画ですね。言ってみればエロティックアートということになります。

ただ、春画 は単なるエロティックアートではございません。

エロティックアートとはその目的が性的興奮を高めるためのものであり、今でいうとアダルトビデオやポルノ的なものに該当します。

しかし春画にはそれとは逆の特徴があります。

春画

性的興奮を高めるためのアートなら、男女のまぐわいだけを描けば良いのに、春画にはそれ以外の情報が非常に多く描かれています。

背景や道具など、様々な要素が詰め込まれ、情報が多すぎて男女の交わりに焦点が定まらない、という特徴があります。

次に、男女のまぐわいを描くにしても、性的興奮を高めるのが目的なら裸体で描くことが普通でしょう。ですが、春画は基本的に着物を着て描かれています。

着衣のまま行為に及んでいる姿が描かれ露出が少ないのです。これも、ただの性的アートとは異なる点になります。

喜多川歌麿「願いの糸ぐち」春画

 

さらに、春画では男性の性器も女性の性器も非常に大きくデフォルメされています。

葛飾北斎 「喜能会之故真通」 春画

性的興奮を高めるために大きく描いていると思いがちですが、実際はそれとは逆で、あまりにグロテスクになりすぎて興奮を抑えてしまうこともあります。

このように春画には性的興奮を高めるのとは真逆の特徴があるのですが、これはいったいどうしてこのような特徴を持つようになったのでしょうか?

それは当時の人々に春画がどのように受け入れられていたかが大きく関わってきます。

当時の江戸の人々にとって春画は一大エンターテインメントでした。

性的興奮を高める役割もあったものの、単なる性交描写では鑑賞者に飽きられてしまいます。

そこで絵師たちは様々な工夫を凝らし、娯楽性を高めるために試行錯誤を重ねていったのです。

絵の内容もどんどんと進化し、より多くの情報を詰め込み、楽しませる工夫が施されました。

今回はそんな一大エンターテイメントであった春画の魅力を深く楽しむためのポイントを、ここで九つご紹介します。

これらのポイントを理解していただければ、より一層、春画の面白さが分かるようになるでしょう。ぜひ、最後までお付き合いください。

 

1. シチュエーション

では早速進めていきましょう。まず最初のポイントが「シチュエーション」ということで、設定になります。

場面設定、どういう場所で、どういう状況で行われているのか、またはどのような流れでその状況に至ったのかといった、シチュエーションが非常に凝っているというのが春画の特徴です。

そこを楽しむことが春画鑑賞のポイントになります。

具体的にどのようなシチュエーションがあるのか見ていきましょう。まずは、こちらの作品。

北尾重政「笑本春の曙」  春画

これは外、庭のような場所で、男女がまぐわいをしようとしている場面です。しかし、その間に垣根があります。垣根越しに男女がまぐわっているという構図です。

「垣根を超えてまぐわっているなら、垣根を避ければよかったのでは?」と思いますが、その不自然さが逆に面白さを醸し出しています。

また、男性は少し怒っている様子です。

なぜ怒っているのかというと、犬が近づいているからです。

犬が来ていることで行為が邪魔され、「ちょっとうるさいから集中できない」という理由で怒っているのです。

このシーンは外で性交をしているときに犬が邪魔することがあるかもしれない、ということを鑑賞者に想像させ、クスッと笑わせるような場面設定となっています。

 

次の作品を見てみましょう。

歌川豊国 「絵本開中鏡」 春画

こちらは室内でお殿様と側室が交わっている場面です。

この場面は連続ものの一つで、続きが描かれています。物語として、側室はお殿様のもとに一ヶ月前に迎え入れられ、媚薬を用いながら非常に盛んに交わっているという内容です。

この作品では、数ヶ月後にどうなったかという描写が続編にあり、数ヶ月後にはお殿様が疲れ果て、干物のようになってしまい、側室はまだ元気にお殿様を求め続けているという場面が描かれています。

歌川豊国 「絵本開中鏡」 春画

歌川豊国 「絵本開中鏡」 春画

このように、シチュエーションが一続きの物語として描かれることも多く、それが鑑賞者を楽しませる要素の一つとなっているのです。

 

 

2. 物が大きい

次のポイントは、「物が大きい」という点です。

冒頭でもお伝えしましたが、春画の特徴の一つとして、男性の性器も女性の性器も非常に大きくデフォルメされて描かれていることがあります。

月岡雪鼎 「四季春画絵巻」 春画

これは、単に性的興奮を高めるためという理由ではありません。むしろ、それほど大きく描くことで、逆にグロテスクになってしまい、性的興奮が下がってしまうのではないか、という意見もあるかもしれません。しかし、これにもちゃんと理由があります。

実は、この「物が大きい」という特徴は、日本のエロティックアート特有のもので、他の国の中世や近世のエロティックアートには見られません。では、なぜ日本の春画だけが、こうしたデフォルメをしているのかというと、明確な答えが存在しています。

鎌倉時代の資料に「古今著聞集」というものがあり、そこに描かれているエピソードがこの理由を示しています。

ある絵描きのお坊さんが鳥羽僧正という人物に自分の絵を見せたところ、鳥羽僧正が「この絵は現実と違うではないか」と指摘しました。

するとそのお坊さんは、「現実通りに描いたとしても、面白くないでしょう。昔の春画の達人たちを見てください。彼らは皆、性器を大きく描いています。もしも現実通りの大きさの比率で描いてしまえば、何をしている図かが全く分からなくなります。そうすると絵としての見せ場、ポイントが無くなってしまいます。だからこそ、誇張して描いているのです」と反論しました。

鳥羽僧正もその説明に納得した、というエピソードがあります。

つまり、昔の春画の達人たちは、あえて性器を大きく描くことで、絵としての見どころを作り出していたのです。現実のままでは視覚的に弱くなってしまい、何を描いているのかがわからない、だからこそ、絵としての面白さを出すために誇張して描く必要があったのです。

また、性器が大きく描かれていることで、体位が非常にアクロバティックに見える場合もあります。

現実では骨が折れそうなほどの不自然な体勢で描かれていることが多いのですが、これはあくまで絵として楽しむために工夫されている部分です。

喜多川歌麿 「歌満くら」 春画

写実的に描くことよりも、見どころを強調することが優先されているのです。こうした遊び心が春画の魅力の一つです。

ですので、春画において「物が大きい」ということは、単に性的興奮を促すためではなく、絵としての面白さや見どころを作り出すための重要な要素であることがわかります。この視点で鑑賞すると、春画の魅力がさらに深く楽しめることでしょう。

 

3. 着物

次のポイントは「着物を着たままの行為」です。

冒頭でもお伝えしたように、春画では男女が着物を着たまま行為を行っている場面がよく描かれます。

喜多川歌麿 「歌満くら」 春画

通常、性的な描写であれば裸体が描かれることが多いのですが、春画においては、着物を脱がずにそのままの姿で交わっている描写がほとんどです。

では、なぜ春画では着物を着たまま描かれることが多いのかというと、実はこれには二つの大きな理由があります。

まず一つ目の理由は、浮世絵自体が当時のファッション誌的な役割を果たしていたからです。

浮世絵の二大ジャンルである美人画や役者絵には、最新の流行ファッションが描かれており、特に江戸の町人たちは、これらの浮世絵を通じて流行を知ることができました。

美人画では、当時の最先端の着物や髪型が紹介され、それが人々に広まるという役割を果たしていたのです。

春画もこの流れに影響を受けており、着物を着たまま行為を描くことで、ただの性的な描写にとどまらず、当時のファッションを反映させた作品としても機能していたのです。

例えば、田舎から江戸にやってきた人々が浮世絵を土産として持ち帰り、地方の人々に「江戸ではこんな着物が流行っている」ということを伝えるという使われ方もしていたのです。

その証拠に、実際に呉服屋とタイアップして、新しい着物の柄を春画の中に取り入れたという事例もあります。新柄の着物を身にまとった女性が描かれ、その絵が市場に流れることで、ファッションの宣伝効果も生まれていたのです。こうして、春画はファッションメディアとしての役割も担っていたため、男女が着物を着たままの行為が描かれていたのです。

次に二つ目の理由としては、着物を着たまま描かれることで、男女の身分や立場、さらには関係性を暗示する効果があったからです。着物の柄や色、形状によって、その人物がどのような階級や職業に属しているのかがわかるようになっており、これが鑑賞者にストーリー性を感じさせる要素となっていました。

例えば、男性が武士であるか商人であるか、女性が遊女であるか町娘であるかといったことが、着物の描写から読み取れるようになっています。

鑑賞者は、着物を見ながら「この二人はどういう関係なのだろう?」「どこで出会ったのだろう?」と、想像を巡らせることができるのです。

着物を着たままの描写は、こうしたストーリー性を深め、より楽しむための手がかりを提供しているのです。

さらに、浮世絵の中で描かれる着物は、当時の人々にとって身近なものであり、それがリアリティを感じさせる役割も果たしていました。

現実世界の着物文化を反映させることで、よりリアルな描写として鑑賞者に受け入れられていたのです。春画においても、着物を着たままの性交が描かれることで、より現実に近いシーンとして共感を呼んでいたのかもしれません。

 

4. 小道具

次にご紹介するポイントは「小道具の工夫」です。

これは冒頭でも触れましたが、春画が単なるエロティックアートではなく、さまざまな小道具や背景が非常に丁寧に描き込まれていることが特徴です。

もしこれが純粋な性的興奮を目的とするアートであれば、男女の性交シーンだけを描けば良いのですが、春画にはそれ以上の情報が詰め込まれています。

実際に春画を観ると、周囲に描かれているものや道具が非常に多く、行為自体だけではなく、その状況やシチュエーションを補完する役割を果たしていることがわかります。

例えば、こちらの作品。

渓斎英泉 「春野薄雪」 花清宮ノ寫 春画

男性1人と女性4人が絡み合っている場面です。ここでは、男性が女性たちに求められている様子が描かれていますが、その壮絶さを物語るかのように、床一面に「懐紙」が散らばっています。

懐紙とは、現在で言うところのティッシュのようなものです。

「こんなに多くの懐紙が使われているなんて壮絶なまぐわいが…」と、鑑賞者に想像させる効果があります。

このように行為自体を強調するだけでなく、周囲の小道具によって状況を説明し、鑑賞者を楽しませる要素が春画には含まれています。

さらに別の作品では、年配の男性と若い女性が交わっている場面が描かれています。

鈴木春信 「風流艶色真似ゑもん」 第二図 手習所の師匠と娘 春画

このシーンでは、右側に机が二つ描かれています。上の机には、きれいな字で書かれた書類が整然と並べられていますが、手前側の机には散らばった道具が見られます。

この描写を通じて、鑑賞者は次のような推測ができます。年配の男性は先生であり、若い女性は生徒なのです。

授業を行っているうちに、先生が衝動に駆られ、行為に及んだという状況です。そのため、手前側の机が散らかっているわけです。

このように、机や書類といった小道具によって、物語が補完されているのです。

また、この場面では、下の方に猫が丸まって眠っている様子も描かれています。この猫の存在が、少し抜けた感覚を与え、シーン全体にユーモアを加えています。

さらに左側には紅白梅が描かれており、季節が春であることを示しています。

春の暖かさが感じられ、それが登場人物たちの情熱や衝動ともリンクしていることが伺えます。

このように、小道具や背景の描写は、単なる装飾ではなく、物語やシチュエーションを説明し、鑑賞者により深い楽しみを提供しているのです。

春画における小道具の工夫は、作品全体の雰囲気やストーリーを形成する上で非常に重要な役割を果たしています。描かれた道具や背景が持つ意味を読み解くことで、そのシーンの詳細な状況や登場人物の心理状態を推測することができ、作品をより深く味わうことができます。

 

5. 多様なジャンル

次のポイントは、「多様なジャンル」です。

春画は実に多岐にわたるジャンルが存在しているのが特徴です。

現代でもレンタルビデオ店のAVコーナーに行くと、いろんなジャンルが細かく分類されているのを目にすることがありますが、日本の春画も同じように、非常に多様なジャンルが存在しています。現代日本のポルノ文化がフェティシズムに細分化されているように、春画の時代から既に同様の多様性が見られました。これは、日本人が性的なテーマに対して非常に多様な興味を持っていた証拠と言えるでしょう。

春画には、オーソドックスなものから少し奇抜なものまで、非常に幅広いジャンルが存在します。まず、もっともオーソドックスなジャンルとして、夫婦の営みを描いた作品が挙げられます。これは当たり前のように多くの作品に見られるものです。また、遊郭での女性との交わりも非常に一般的なテーマであり、これも春画の定番です。

しかし、それだけではありません。春画には、現代の基準から見ても驚くようなジャンルがたくさん存在しています。

たとえば、不倫をテーマにした作品が非常に多く描かれています。不倫がばれた際の男性の謝罪の態度が非常にライトな感じで描かれている作品がある点も春画の特徴です。

次に「男色」というジャンルもあります。これは男性同士が交わる場面を描いた作品です。男色は戦国時代でもあったと良く聞く物なので江戸時代にも広く行われていたとされますが、春画にもそのテーマで描かれています。

さらに、自慰行為を描いた作品も存在します。男性のみではなく女性が行う場合も描かれているのが特徴です。

また、獣姦(獣との交わり)を描いた作品もあります。これは現代でも一部のジャンルとして存在していますが、江戸時代の春画にも見られるテーマでした。

さらに、非常に珍しいジャンルとして、「獣姦」というものもあります。これは幽霊との性交を描いたジャンルで、幽霊との交わりが描かれているという非常にユニークなものです。幽霊ではなく、妖怪との性交が描かれている作品もあります。たとえば、河童との性交を描いた作品があり、これはメジャーな絵師の作品の中にも見られます。こうした妖怪との交わりは春画ならではの奇抜なジャンルであり、非常に幅広い発想のもとに描かれた作品が存在します。

さらに、最もグロテスクで驚くべきジャンルとして「屍姦」があります。これは、亡くなった人の遺体と交わる場面を描いたもので、少しグロテスクであるため、多くの人にとって受け入れがたいかもしれません。しかし、このようなジャンルも春画の世界には存在していたのです。

このように春画は単なる性的描写を超えて、実に多様なジャンルを取り扱っており、非常に幅広い性愛の表現が展開されていたことがわかります。これだけ多くのジャンルが存在するということは、当時の江戸時代の人々が、非常におおらかな性意識を持ち、多様な性愛を楽しんでいたことを示しています。

 

6. 覗き見構図

次にご紹介するポイントは「覗き見の構図」です。

春画には「覗き見」の要素が多く含まれており、これがまた春画を楽しむための一つの魅力となっています。

この「覗き見」には、直接誰かが覗いている様子が描かれているものと、そうでないものがあり、実際に誰かが覗いているわけではなくても、鑑賞者に「覗き見している感覚」を与えるような仕掛けが施されていたりします。

たとえば、作品の中で、男女が屏風や仕切りの裏側で行為に及んでいる場面があります。そういった隠されている部分がありながらも、鑑賞者には実際に行われていることが明白であるという描写によって、鑑賞者自身がその隙間から覗いているかのような感覚を楽しむことができるのです。このような構図が春画の特徴的な楽しみ方の一つとなっています。

覗き見の要素、背徳感や臨場感を生み出し、鑑賞者に「見てはいけないものをこっそり見ている」という感覚を与えます。こうした背徳的なスリルは、当時の春画が人気を博した理由の一つとも言えるでしょう。

実際、具体的にどのような作品があるのか見てみましょう。まずはこちらの作品です。

鈴木春信 「風流座敷八景」 第六図 時計晩鐘 

左側に描かれている男女は、おそらく夫婦でしょう。彼らが交わっている様子を、右側で女中が嬉しそうに覗き見している姿が描かれています。さらにこの女中は、左手を股間の方に伸ばしており、何をしているのかが容易に想像できます。このように、他者の行為を覗き見しながら自分も楽しむという構図は、当時の鑑賞者にとって非常に面白い要素であったと考えられます。

また、別の作品では、男女が大々的に行為に及んでいる様子が描かれていますが、その左上には障子に穴が開いていて、そこから目が覗いているという場面があります。

渓斎英泉 「痴情 夢多満佳話」

この覗いている目が幽霊のように不気味でもあり、面白さを引き立てています。

実際に覗き見している様子が描かれている春画は非常に多く、こうした覗き見の構図は鑑賞者に背徳感とともに笑いをもたらす仕掛けとなっています。

このように、「覗き見の構図」は、春画の中で多く描かれ、鑑賞者に臨場感や背徳感を与えると同時に、ユーモラスな要素としても機能しています。実際に覗いているキャラクターが描かれている作品も多く、また、鑑賞者自身が覗き見しているかのような感覚を味わわせる仕掛けも施されています。この「覗き見」の要素を楽しむことで、春画の世界がより生き生きとしたものになるのです。

 

7. 書き入れ

春画には文字情報が多く含まれており、大きく分けて二種類あります。

まず一つ目は「詞書(ことばがき)」と呼ばれるもので、絵の上部などに区切られた文字で、背景の説明を行うものです。これも読めると内容がよくわかりますが、さらに重要なのは「書き入れ」と呼ばれるものです。これを読めるかどうかで、春画の味わい方が全く違ってきます。

北尾重政 「笑本春の曙」

書き入れというのは登場人物の横に小さく文字が書かれているもので、登場人物の生の声、つまり漫画でいう吹き出しのようなものです。この書き入れを通してその場面の状況がよりリアルに理解できます。

大体、書いてある内容はしょうもないことが多いのですが、それが逆に面白さを引き立てています。

例えばこちらの作品をご覧ください。

歌川国芳 「華古与見」

場面としては、火事が起こり、人々が逃げ惑っている状況の中、若い男女が色事に興じています。男性は何か食事すらとっていますね。この場面を読み解く為の書き入れが左下にあります。

 

男性が「お腹が空くだろうと思って弁当を持ってきたよ」と言うと、女性が「それはありがたいけど、私はそれよりも早くナニがしたいよ」と返します。

そうすると男性が「ナニっていうのはこうかい?」と返し、効果音の「づぶづぶ・・・」が書き入れとして書かれています。

書き入れにこんな生々しいやり取りが含まれていることで、火事の場面とのギャップが生まれ、鑑賞者にユーモラスな印象を与えます。

こうした書き入れは春画展などで解説があると、より一層楽しめる要素です。書き入れを読むことで、登場人物が何を考えているのか、その場面で何が起こっているのかを、深く味わうことができるのです。

 

8. テクニック

これはよく言われることなのですが、浮世絵の中でも春画は「技術的にすごい」と評価されています。材料や技法においても、非常にハイクオリティなものが使われており、春画は浮世絵の中でも特に手の込んだ作品が多いのです。

なぜかというと、春画は基本的に「アングラ(地下的なもの=非合法なもの)」でした。表に出る(合法的な)ものではなく、完全に裏の世界で流通していたからです。

当時、浮世絵には表と裏があり、表の浮世絵は美人画や役者絵、風景画といったものがありました。これらは皆が知っている浮世絵の表の顔です。

しかし浮世絵が熱狂的に人気を博しすぎて、幕府が風紀を守るために規制を設けました。使える色の数や絵の大きさに制限をかけ、さらに出版には幕府の許可が必要となりました。

しかし春画は当然ながら風紀を乱すものなので、幕府の許可を取ることは不可能でした。そこで、春画は最初からアングラな存在として制作されていたのです。

「どうせ表に出せないなら、好きなようにやってしまおう」というわけです。これにより、表で描けないような才能や創造力を、春画に注ぎ込むことができたのです。才能の「無駄遣い」とも言えるほど、アーティストたちはこの春画に力を注ぎ、裏の世界で腕を振るっていたのです。

その結果、春画は表の浮世絵よりも高品質な材料や技術が使われることが多く、豪華で精巧な作品が生み出されました。

まるで地下闘技場のように、各アーティストがその技術を競い合っていたのです。

歌川国芳、葛飾北斎などの名だたる浮世絵師たちも、この春画の場で競い合い、より高度な技法や表現を試みていました。

例えば、菱川師宣は春画制作において、白黒だった浮世絵に色を加える技術を導入しました。

菱川師宣 「恋の花むらさき」 

当時は、浮世絵は墨摺り一色のものが主流でしたが、師宣は手彩色を加え、春画をよりカラフルに仕上げました。彼は生涯に製作した作品のうち、3分の1から半分ほどが春画であったと言われる程であり、まさに「春画の帝王」とも呼べる存在です。

その後、時代が進むにつれ、錦絵というカラー印刷技術が登場しました。

勝川春章のこちらの作品は、光の表現に優れ、例えば提灯を布で覆い、その漏れた光が男女を照らすといった描写を取り入れるなど、革新的な技術を駆使していました。

勝川春章 「会本拝開よぶこどり」 

 

江戸時代後期に活躍した浮世絵師、歌川国貞も、特に春画で技術を極めた一人です。

歌川国貞 「艶紫娯拾余帖」

彼の作品では、金摺りや銀摺りといった豪華な技法が用いられ、艶摺りや板ぼかし、拭きぼかしなど、非常に高度な技術が多重的に一枚の作品に使われていました。また、空摺りという技法では、絵の表面に色を付けず、凸凹を利用して立体感を表現する技法も用いられました。

国貞の作品の中でも、特に「三源氏」と呼ばれるシリーズは珠玉の名作とされており、様々な技術がふんだんに用いられています。

 

これらの作品を見ると当時の技術の粋が詰まっていることが分かり、まさに世界最高峰のカラー印刷技術が駆使された作品と言えます。

春画はただのエロティックアートではなく、アーティストたちが才能を思い切り発揮し、技術的にも非常に優れた作品群であったのです。

 

9. 表情

春画を楽しむポイントの一つとして、登場人物の表情があります。

男女の交わりのシーンでは、二人の表情が非常に重要な役割を果たしており、絵師たちはその表情に細かな心理描写を託しています。

同じように見える表情でも実際は微妙に異なり、その違いが伝えようとしているメッセージや感情を読み取る手がかりとなるのです。

絵師たちは、ほんの少しの線の傾きや目の描き方の違いで、登場人物の心理状態や状況を表現しています。たとえば、性的な興奮、喜び、恥じらい、欲望など、さまざまな感情が表情に込められているのです。この微妙な変化を読み解くことで、物語が一層深く味わえるようになっています。

具体的な作品を例に挙げてみましょう。

まず紹介するのは、鳥居清長の『袖の巻』という作品です。

鳥居清長 「袖の巻」 第四図 

この作品はセット物であり描かれている男女の表情は「春画史上最も美しい笑顔」と言われています。第4図では、男女が交わっている場面が描かれており、二人ともとても幸せそうな表情をしています。

彼らの表情からは心からの幸福感が伝わってきます。このように、春画の中には非常に穏やかで幸せそうな表情を描いた作品が多くあります。

次に紹介するのは、勝川春章の作品です。

勝川春章 「会本拝開よぶこどり」 

この作品では、女性の表情がとても印象的です。彼女は交わりの中でとても満ち足りた表情をしており、心からの喜びや満足感がにじみ出ています。このような一瞬の感情を見事に捉えて描き出している点が春画の大きな魅力の一つです。

さらに、喜多川歌麿の作品も見逃せません。

喜多川歌麿 「願ひの糸ぐち」

歌麿は美人画の帝王として知られていますが、当然ながら春画も数多く描いています。彼の作品に描かれる女性たちの表情は非常に繊細で、たった一本の線で目の形を微妙に変えることで、まるでリアルにその瞬間の感情が伝わってくるかのような表現がなされています。特に、交わりの最中の目の表情は、鑑賞者に強い共感を呼び起こします。「この目つき、確かにこういう時あるよね」という納得感を与える表現力は、さすが歌麿といえるでしょう。

このように、春画に描かれた表情を一つひとつ読み解くことは、その絵のストーリーや登場人物の感情を理解するための鍵となります。男女の心理的な駆け引きや、互いの気持ちがどのように交わり合っているのかを、表情を通して想像することで、春画はさらに奥深く楽しめるようになるのです。

 

総括

今回は、「春画を楽しむための9つのポイント」についてご紹介させていただきました。もう一度、9つのポイントを振り返ってみましょう。

1. シチュエーション
春画には様々な場面設定が描かれています。これにより、単純な性行為の描写だけではなく、物語性やユーモアが含まれており、鑑賞者を楽しませる工夫がされています。

2. 物のデフォルメ
春画では、男女の性器が非常に大きくデフォルメされて描かれていることが多いです。これは絵としての「見どころ」を作るためであり、単なるリアリズムに留まらない春画ならではの表現です。

3. 着物
春画では登場人物がほとんど着物を着たまま描かれています。これは、浮世絵が当時のファッションメディアとしての役割を担っていたことからもわかるように、当時の流行や身分、関係性を示す重要な要素でもあります。

4. 道具
春画には多くの小道具が登場します。これらの道具は、その場のシチュエーションや物語を説明するために描かれており、鑑賞者に様々な情報を与えるヒントとなります。

5. 多様性
春画には非常に多くのジャンルが存在し、夫婦の営みや遊郭の描写だけでなく、不倫、男色、獣姦、幽霊や妖怪との交わりといった多様なテーマが扱われています。このように性愛に関する非常に大らかな文化が江戸時代には存在していたのです。

6. 覗き見の構図
春画には誰かがこっそり覗き見しているような構図が多く見られます。これは鑑賞者自身がその行為を覗いているように感じさせ、背徳感や臨場感を楽しむことができる仕掛けです。

7. 書き入れ
登場人物の生の声を描き入れる「書き入れ」は、漫画の吹き出しのような役割を果たし、当時の鑑賞者にも親しまれていました。これを読むことで、作品の状況や登場人物の心理を深く味わうことができます。

8. テクニック
春画は浮世絵の中でも特に高度な技術が使われており、アーティストたちは表現の制約がない分、その才能を余すところなく発揮しています。最高品質の材料や技法が駆使され、春画はまさに当時の最先端技術を駆使したアートでした。

9. 表情
登場人物の表情は、春画を楽しむための重要な要素です。微妙な心理描写が表情に込められており、それを読み解くことで、さらに深い物語を楽しむことができます。


以上、9つのポイントを通じて春画の魅力をお伝えしてきましたが、これらを理解することで、春画が単なるエロティックアートではなく、非常に奥深いエンターテイメントであることが分かっていただけたかと思います。春画は、当時の技術や文化、社会背景を反映した貴重な作品であり、それを鑑賞することは、江戸時代の人々の感性や価値観に触れることでもあります。

これらのポイントを押さえた上で、ぜひ春画の世界をさらに楽しんでいただければと思います。

 

 

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その場に最もふさわしい芸術品を飾り、凛とした空間をつくりあげる事に美を見出す・・・この独特な文化は世界でも日本だけです。

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