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表装裂
裂
「裂」は元来織物、染物、刺繍の断片を意味するが、転じて布帛全般を指す言葉として使われる。また古美術的織物などの意味にも用いられる。日本画では表装裂として広く使用されている。
裂の選定は掛軸にとって大変重要な要素であり、作品の魅力を引き立たせる表具師のセンスが求められる。裂は縦糸と横糸で縫われ、縦糸と横糸の色を変えることによって紋様が形成され、裂地の価格は糸の種類や織り方により変わってくる。
裂地の種類
現在、一般に用いられている表具専用の裂地は一部を除き、明治初期に製作されたものであり、それ以前は法衣や衣裳を解いて使ったものであった。時代によって変遷する、主体である書画(本紙)の傾向に従って、これに従属する表具地も変遷してきた。
裂には非常に多くの種類が存在するが、「緞子」と「金襴」に大別する事が出来る。
緞子は茶の巨匠である千利休によって好まれた事で有名である。表裏異なる組織によって文様を表した織物。先練りされた糸を用い、各糸は同色の場合と異色で織る場合とがある。深い味わいと光沢があるのが特徴である。絹や綿、化繊など様々な材料によって織られる。
金襴は金の平箔糸(紙に箔を貼り付けて細かく裁断し、糸状にしたもの)を織り込んで文様を表した絹織物。僧侶は袈裟に用い、掛軸では一文字や中廻し、風帯などに用いられる。中国では織金といわれ、宋代に始まり明代に全盛を迎える。日本には鎌倉時代に伝えられたと考えられる。現在、京都西陣で多く織られている。金は高価なため、代用品としてアルミニウム箔などを用いたものは代用金襴と呼ばれることもある。一般的には大まかに準金襴、中金襴、本金襴などと大別される。
この他に、金紗、印金、錦、漆箔、間道、七子織、シケといった裂地がある。
昔から裂地は掛軸と分かち難く結びついて発展してきた。しかし現在では、裂地の綾なす魅力は「表装裂」として、織物文化の一分野を確立し、掛物にとどまらず、額のマット地や屏風・画帖にと多方面に使われている。
裂地の文様 その1
表具に使う裂地の文様には、様々な題材が取り上げられている。そのなかでも植物を扱ったものが比較的多いのは、本紙との調和がとりやすい為だと考えられる。
梅の花では光琳梅や梅鉢、菊では菊水や乱菊・菊唐草、牡丹では牡丹唐草などの代表的な文様。そして、唐松・笹蔓・橘・鉄仙・萩・桔梗・蓮華など日本固有の有名な植物の多くが用いられている。
特徴としては唐草文様のように、継続的な柄が連綿として途切れることなく続いていくものと、梅鉢のように、一個の独立した文様が等間隔に並べられているものがある。また動物を主材にした文様も多く、特に日本でおめでたいものとされている鶴や亀、また蝶や千鳥・燕・兎、中国の架空の動物である龍や鳳凰などがよく用いられている。そのほか、水車や扇・宝物といった道具類を図案にしたものや、雲や水など自然の形態を図案にした雲水・観世水・青海波などがある。
幾何学文様である、縞・格子・網目・菱、さらには、亀甲や石畳といった文様も数多く存在する。
また「名物裂」のように茶の湯と結びついて文様が特殊化したものもある。
裂地の文様 その2
文様という語は、「模様」とほぼ同義に使用されているが、漢字でいう文様の「文」は、飾りとしてのあるまとまった単位の図形を指す。したがって「文様」とはひとつの飾り、あるいはその飾りの繰り返しによって構成される装飾図形を意味する。
表装に使われている裂地は、もともと法衣や装束を解いたものであり、表装用の裂地として製作される場合も、それらを受け継ぎ、あるいは参考としていた為、文様もおのずと本来の衣装が持つ性格が色濃く顕れた。
有職文様
他の文様と区別するため、便宜上名付けられた文様群に、有職文様(ゆうそくもんよう)と呼ばれるものがある。主に公家の調度類や、服飾、車などに用いられた、一連の伝統的な文様を指す。表装裂の文様は、用いられた裂地の関係から、この有職文様が多く使われている。
有職文様は広義には、平安時代以来の文様を指すが、狭義には近世の類型化された文様を指す。有職文様の母体となったのは、奈良時代に、唐を始めとする大陸より入ってきた文様であり、そのうち個性の強すぎる文様や、緻密な文様は敬遠され、日本人の好みに合ったものが残され、改良された。また身近な親しみのある風物を新たに文様として取りいれた。裂地の有職文様は、公家の装束が織物中心であったため、繰り返しの規則的な文様が主であった。したがって表装裂に使用される裂地の文様は、「文様」という語が意味するように、継続的な柄が続いていくものか、ひとつの独立した柄が等間隔に並べられていくものか、の二通りとなる。
吉祥文様
文様は飾るという一義的な意味だけでなく、その品を身に着ける人から禍いを遮ざけ、幸福を招くという重要な性格を持っている。こういった性格を強く表しているおめでたい文様を「吉祥文様」と呼ぶ。吉祥文様の種類には、「鶴亀」「宝尽し」「鯉の滝登り」のように、それ自体がおめでたい意味を持つ文様や、「菊水文様」のようにおめでたい伝説を文様化したもの、語呂や発音が他の吉祥文様と同じなので、そのものも吉祥文様になってしまったものがある。吉祥文様は国や地方によって様々であるが、日本では工芸全般に大きな影響を受けた中国の吉祥文様と深く関係している。中国から渡来した裂地が、後に堺や京都の西陣で完成されていったように、文様も中国から譲り受けたものが多く見られる。
裂地の文様 その3
文様は植物、動物、自然現象、道具の他、幾何学図形や文字など多岐にわたる。
植物文様
唐草、牡丹、菊、桐、松、竹、梅、楓、銀杏、鉄仙、鶏頭など
「唐草文様」は、茎や蔓、葉の絡み合った文様で、連続文様を形成する場合が多く、他の植物と絡み合って、牡丹となら、「牡丹唐草」、葡萄となら「葡萄唐草」と名付けられ、他にも菊唐草、椿唐草、梅唐草、と枚挙にいとまがない。また様式化が進み、植物の種類が判別しがたいものも少なくない。
「牡丹」の花は豪華で、中国では「王花」と称し、冨貴の象微として広く工芸の文様に使われている。唐草文様と組み合わせた「牡丹唐草」で、唐草の蔓が一本のものを「一重蔓牡丹唐草文様」(ひとえづるぼたんからくさもんよう)、二本のものを「二重蔓牡丹唐草文様」(ふたえづる-)という。
「桐」を文様化した「大閤桐」や「五三の桐」、「嵯峨桐」、笹のような細長い尖った葉をつけた蔓草に、小花や松葉を散らした「笹蔓文様」、笹の葉を船と帆に見立て、松葉を帆網とし波にかたどった「笹舟文様」、菊をはじめ桔梗、水仙、梅、椿を丸型に文様化した「花丸文様」などがある。
動物文様
鶴、鴛鴦、蝶、鳳凰、龍、亀、海老、鯉、獅子、駱駝、兎など
動物の文様の場合、身近な動物とともに、架空の動物が多く扱われている。
「龍」は古代中国に起源し、水中に住み、雲に乗って空中を飛翔すると言われている瑞獣。単純な文様を「拐子籠文様」といい、蔓草を配した「龍唐草文様」、円形に表現した「団龍(まるりゅう)文様」、四角に表した「角龍文様」、二匹を向い合せにした「双龍文様」があリます。
同じく想像上の動物で、仁愛と慈悲の鳥、幸運の前触れといわれている「鳳凰」がある。「鳳凰文様」に似た神鳥の文様「鸞(らん)文様」の他、「鴛鴦文様」「朱雀文様」「千鳥文樣」「都鳥文様」、長寿の象徴「鶴文様」などがある。
「鶴」もまた中国より渡来した瑞鳥文様であるが、特に日本では古くから今日までその優美な姿が愛され、広範囲に文様として愛好されている。
他にも鳥が花枝や松の小枝を加えて飛ぶ「花喰い鳥文様」、波間を踊る鯉を描いた「荒磯文様」、兎を唐草や雲と共に配した「兎唐草文様」、花樹の下に耳をそばだてて振り向く兎の「花兎文様」等が有名である。
幾何学文様
雲、波、扇、宝物、独楽、卍、丸、三角、四角、六角、菱形、縦縞、横縞、格子など
自然現象を扱った文様では、雲を文様化した渦巻き状の「雲渦文様」、横に長く棚引く「絵雲文様」、霊芝(れいし)に似た「霊芝文様」や「霞文様」、稲妻を雲に配した「囘(かい)文様」や「雷文様」。水を文様化して、半円を幾重にも重ねて静水を表した「水文様」、波を表した「波頭文様」「渦巻文様」「荒波文様」、波間に小花や宝を散らしたり、波間に車輪を配した「片輪車文様」がある。
如意宝珠、法輪、打ち出の小槌、金嚢(きんのう)、隠れ蓑、隠れ笠、丁子、輪違の八宝を集めて文様化した「宝尽し」、寿の書体を文様化した「寿字文様」。
点や線、面で構成される「幾何学文様」には縦縞や横縞、網目文様等から、亀の甲羅のように六角形が連統する「亀甲文様」、四角形の中に小さい四角形を入れた「目結(めゆい)文様」、正方形を等しく敷き詰めた「石畳文様」、三角形が交互に入れ代わって構成された「鱗文様」など、他にも様々な形がある。
意匠化された文様には、各々名前が冠せられ、固有名詞として独立したものもある。
表装の布地に用いられている文様はおおむね左右相対称で題材が著しく描象化されている。比較的簡単な図形であるが極めて洗練され、高度に意匠化されているところにその特色があると言える。
しかし表装は、あくまでも書画を引き立てるために施される装い。文様が第一番に人目を引いてはならない。表装は書画を装飾品と為すと同時に、書画の世界を一層拡げ、深める役割を負っている。表具師は書画のために、様々な文様の裂地を洗練した感覚と深遠なる知識を持って選ばなければならない。
参考図書
表装裂: 光村推古書院
1989年(平成元年)出版の古い本で、合計3冊に及ぶシリーズの本です。大半は名物裂の非常に大きな写真を掲載し、末尾に裂地や表装についての解説を掲載している本です。非常にマニアックな本であり、かなりの予算を投じて当時の関係者が製作した物と考えられますが逆に現在では絶対に予算的に出版されないであろうという内容の物です。表装の裂地を知りたい方には良いかもしれません。(表具屋として裂地の柄の向きなどを確認するのにも重宝しております。)
本シリーズは全三巻で構成され、基本的には文様別に収録されています。一巻は植物文様、二巻は動物文様、三巻は幾何学文様を中心にまとめられています。
末尾に記載されている情報については「なるほど、そうだったのか」という内容も多かったです。本を製作した裂地屋さんならではの情報と角度が興味深いです。
第1巻には「表具の歴史」「表具の素材と技法」「表具の形」「裂地の紋様」「裂地の種類」
第2巻には「表装の裂地」
第3巻には「表装裂の文様」
について解説されており、歴史も含めて学べるので勉強になります。
ご興味あられる方は中古でもそこそこの額はしますがよろしかったらどうぞ。
Amazon
表装裂〈1〉 (JAPANESE DESIGNS & PATTERNS) 中古価格 |
表装裂〈2〉 (JAPANESE DESIGNS & PATTERNS) 中古価格 |
表装裂〈3〉 (JAPANESE DESIGNS & PATTERNS) 中古価格 |
茶の裂地: 淡交社
こちらもさらに古い1978年(昭和53年)の2冊に渡る本。こちらは上記でご紹介した本と比べて裂地1点1点につき名称と末尾にかなり詳しい解説が一つ一つ丁寧に掲載されている良書。表具屋として裂地についての知識を持っておく事に越したことはないので非常に重宝しております。こちらもかなりマニアックなシリーズとなっておりますが、好きな人にはたまらない情報量が掲載されているのでよろしかったらどうぞ。もはやこちらは古すぎて中古でしか販売されていないようですが。
原則
裂地は作品をより印象的なものにする事が役割であり、作品を引き立てなければならない。シンプルなルールだが奥が深く、作品を生かすも殺すも裂地次第なのである。
「裂地は作品より目立ってはならず、作品を引き立てなければならない。」というのが表装裂地選びの暗黙のルールである。高価な裂地を使えばいつも良いというわけではない。裂地の選定は非常に難しく繊細なものなので、芸術の知識、材料を選ぶセンス、そして色彩感覚が必要になってくる。
例1の良い組み合わせ例について・・・水墨画とは、「墨」一色で表現される絵画で、墨線だけでなく、墨を面的に使用し、暈かしで濃淡・明暗を表す。本作品では、静寂な雰囲気がとても重要な要素である。この例では、表装裂地がその雰囲気を引き立てているのがわかる。
例1の悪い組み合わせ例・・・高価な金襴を使っているが作品よりも注意が裂地に引きつけられてしまう。これでは静寂な雰囲気が台無しである。
例2の良い組み合わせ例・・・本作品の十三佛は神聖で煌びやかに描かれており、荘厳な雰囲気が重要である。この例では、金襴の表装裂地がその雰囲気を見事に引き立てている。
例2の悪い組み合わせ例・・・柔らかい色の裂地が使われているが、作品を引き立てていない。「無難」な裂地を使えば良いというわけではないのである。