ニュース/ブログ
速水御舟と「紅梅・白梅」——対幅の掛軸に見る天才の構成力

夭折の天才画家・速水御舟
速水御舟(1894-1935)は、大正から昭和初期にかけて活躍した日本画家です。
わずか40歳で腸チフスにより急逝しましたが、その短い生涯で日本画史に大きな足跡を残しました。
御舟の特筆すべき点は、一つの画風に留まらず、常に新しい表現を追求し続けたことです。
「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い」という言葉を残しており、一つのスタイルを極めては次の挑戦へと向かう姿勢を貫きました。
その結果、「炎舞」「名樹散椿」といった重要文化財を含む、ジャンルの異なる複数の代表作を生み出しています。
「紅梅・白梅」——対幅を活かした大胆な構図

山種美術館所蔵の「紅梅・白梅」は、二幅で一対となる掛軸作品です。この作品の面白さは左右の掛軸を抜群に活かした構図にあります。
右幅の紅梅は単体で見ると上部に大きな余白が生まれます。通常であれば賛(詩文)や月を描いて空間を埋めたくなるところですが、御舟はあえてそうしませんでした。紅梅の枝が大胆にデフォルメされ、勢いよく伸びた先が左幅へとバトンタッチするように構成されているのです。
左幅ではその流れを受けた白梅が昇竜のごとく力強く上へと伸びていきます。そして画面上部には小さな月がさりげなく描かれ、この二幅が夜の風景であることを暗示しています。月を入れることで紅白の梅が月光の下で咲き誇る情景として鑑賞できるようになっています。
隠し味としての薄墨
さらに注目すべきは紅梅から白梅へのバトンパスの部分に、天の川のようにうっすらと薄墨が引かれている点です。この繊細な墨の表現が静寂な夜の緊張感を高めています。梅が咲く早春の、まだ肌寒い空気感までも伝わってくるような演出です。
対幅という形式を最大限に活用し、二つの掛軸を一つの世界として統合する——そこに速水御舟の卓越した構成力が表れています。
総括
「紅梅・白梅」は、対幅という形式そのものを構図のエンジンにした作品です。
右幅の紅梅で生まれた余白を“欠落”ではなく“次へつなぐ空間”として扱い、左幅の白梅へ視線を滑らせていく。さらに小さな月と薄墨の気配が、夜の冷気と静けさを一気に立ち上げます。
二幅を並べたときに初めて完成する世界――その設計の精密さこそ、速水御舟の構成力の凄みと言えるでしょう。