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ドイツのギャラリーから掛軸修理のリピートオーダー
弊社は全世界対応で掛軸のご要望にお応えするようにしております。
思えば10年ほど前から海外の方にも掛軸の魅力を知ってもらいたいと思い試行錯誤で活動をしてまいりました。
少しずつではありますが、弊社にお仕事をご依頼してくださったり掛軸をご購入してくださるお客様も増えてまいりました。
中にはリピートでご依頼してくださったりご購入してくださる方も徐々に増えてきて嬉しく思っております。私は結構お客様のエピソードを覚えるのが得意なようで久しぶりに連絡を頂戴すると一気に記憶がよみがえりテンションが上がってしまいます。
今回はそんなリピートオーダーをドイツのお客様から頂戴いたしました。
ドイツのギャラリーから掛軸修理のリピートオーダー
今回はドイツで主に日本の美術品を取り扱われているギャラリーの男性オーナー様より2点の掛軸修理のご相談を頂戴いたしました。
実はこのお客様は以前も弊社に掛軸の修理をご依頼くださった方なんです。その時の記事がこちら。
掛軸を修理した後も、お互いのSNSをフォローしており、情報をチェックし、定期的に連絡を取り合っていました。
連絡をしている中でお客様は、修理された掛軸をもちろん販売しているのですが、個人的にも大変気に入られているそうでそのまま自分のコレクションとしておこうかと迷われているとおっしゃっておられました。それ程、修理に喜んでくださっているのは嬉しい限りです。
ギャラリ―オーナーが販売品を気に入ってしまい、いつの間にか非売品にしてしまうというのは画商あるあるではあります。(笑)
今回ご相談いただいた掛軸はこちらです。
仙厓義梵 「鹿に寿老人」
仙厓 義梵(1750-1837)は江戸時代の臨済宗の禅僧、画家。禅味溢れる絵画で知られる。岐阜県生まれ。幼少の頃に美濃清泰寺で出家する。以降、各地の諸寺にて参禅し1790年ごろに博多の聖福寺第23世住職となる。書画に秀でとくに俳画的な墨画を得意として洒落っ気のある画風で人気となった。本格的に絵を描き始めたのは40代後半になってからと見られている。仙厓の絵は生前から人気があり、一筆をねだる客が絶えなかった。83歳の時、庭に「絶筆の碑」を建て断筆宣言をしたが結局やめられず、没年まで作品は残っている。
随分と酷い折れが大量に発生してしまっています。ここまで酷い折れが発生してしまうと折れ目から作品が破れてしまう事もあるので早急な修理が必要です。
描かれているのは七福神の一人である寿老人。寿老人は鹿を従えているとされ、本作品では鹿に乗っている様子が軽やかな筆致で描かれている。
太田垣 蓮月「蝶」
大田垣 蓮月(1791-1875)、江戸時代後期の尼僧・歌人・陶芸家。伊賀上野の藤堂藩家老の子として京都に生まれるが幼くして両親と死別しておりその後は京都知恩院住職・太田垣光古(おおたがき てるひさ)の養女となる。17歳になると太田垣家の養子であった太田垣望古(もちひさ)と結婚し、一男二女を授かるが、いずれも幼くして亡くなる。その後、主人である望古も亡くなり、25歳で未亡人となる。それから4年ほど経った頃に太田垣家に入家した太田垣古肥(ひさとし)と再婚し娘を授かるが、その4年後にまたもや主人が亡くなる。こうして葬儀の後、養父と共に知恩院で剃髪を行い蓮月と名乗るようになった。蓮月を名乗るようになってから2年後に7歳の娘が亡くなり、太田垣蓮月が42歳の時に養父をも亡くす。その後は各地を転々としながら急須や茶碗などを制作して生計を立てていたといわれている。そのような生活をしているうちに徐々に名前が知られるようになり、自作の和歌が書かれた太田垣蓮月の焼物はいつしか「蓮月焼」と呼ばれるようになり人気を博すようになる。歌僧(師は千種有功)として知られるがそのほかにも茶の湯、生け花など芸術一般に秀でた。また、富岡鉄斎の養育者兼師匠であり1857年頃より共に生活し芸術的センスを引き出した人物でも有る。
こちらも随分と酷い折れジワが発生してしまっています。せっかくの流れるような細く美しい書の線が台無しです。
詳細打ち合わせ
写真ではわかりづらいですがどちらの作品にも汚れが発生してしまっており、お客様はそこも気にされていました。
作品の傷み具合が酷いので出来る範囲での洗浄、シミ抜きになる旨をご説明させていただきご納得していただきました。
寿老人に関してはこちらの仕立てで行う事になりました。
現状の雰囲気の裂地に近い形が気に入っていただけました。現状と同じ「草の行」という表装スタイルで仕立てます。
今回は作品の折れが激しいので、追加オプションとなりますが「太巻」という道具を使って保管する事をお勧めさせていただきました。
しかも今回は特殊なケースで、この掛軸は元々桐箱が付属していたのですがその桐箱の蓋に様々な情報が記載されていました。
この文字情報は美術品の価値を判断する上で重要になってくるのでなるべく残した方が良いのですが、この文字情報を残しつつ桐箱を新しくする…しかも太巻仕様の桐箱にするという特殊なケースでした。珍しいケースでしたのでその内容はその内容だけで記事を1つ書いて紹介しましたのでよかったらこちらをご参照ください。
太田垣蓮月の作品はこちらの仕立てで行う事に致しました。
優しい色合いの裂地の組み合わせにいたしました。本紙の色と似たような色合いにする事で作品に広がりをもたせ蝶がより広々と羽ばたいているような印象を狙って裂地の選定をいたしました。(表具の裂地の選定も実は色々と表具師の頭の中では考えているんです。しかもめちゃくちゃ時間かけてます(笑))
お客様は当初「丸表装」で仕立てようと考えられていたのですが、弊社は敢えて一度「行の行」スタイルをご提案させていただきました。
シンプルな丸表装も良いのですが、「天地」「中廻し」「一文字」の3つのパートに分かれる「行の行」スタイルはそれぞれに役割があり、作品の魅力を引き立てます。
掛軸のパーツの名称は下の図をご参照ください。
どちらを選ばれるかはお客様の好みですが、「行の行」スタイルの特徴という物もきちんと知っていただいた上で選んでいただきたいと思ったのできちんとご説明させていただきました。
お客様は弊社の提案に感動してくださり、「行の行」スタイルで表装する事に決定いたしました。
それぞれの仕立替の詳細が決定しましたのでいよいよ作業開始です。
掛軸修理工程
今回の大まかな再表具のオペレーションの流れは以下です。
作品解体 (古い裂地や軸棒などを取り外していきます。)
↓
旧裏打紙を除去 (業界用語で「めくる」という作業)
↓
作品洗浄 (汚れ落とし)
↓
シミ抜き (洗浄では落ちないシミの除去)
↓
肌裏打 (作品の裏から和紙を糊で接着して補強)
↓
折れ伏せ (折れが激しい所に細い和紙を接着して補強)
↓
再表具
修理・仕立替完了
長い修理の行程を経てついに2本の掛軸の仕立替が完了いたしました。
寿老人の掛軸は青の中廻しが作品に渋さを加えていますね。
最初は折れが酷くて鑑賞する上で邪魔になるほどでした。あのまま放置していればそう遠くない未来に折れから作品が裂けて破れてしまっていた事でしょう。
適切に修理する事で綺麗によみがえりました。
蓮月の掛軸も綺麗になりましたね。折れが酷くて繊細な書の線や淡い墨で描かれた蝶が死んでしまっていましたが見事に生命力を取り戻しました。
中廻しの裂地の色も上品で墨の蝶がのびのびと羽を広げて飛んでいるような印象に変わりました。一文字の金襴の裂地は作品の色と裂地の色を分けるアクセントとして機能しています。目立ち過ぎず控え過ぎずのとても微妙なバランス感覚が必要とされる最も表具師がセンスを問われる部分です。
お客様は現在イタリアに滞在されているようでしたのでそちらの方に早速送らせていただきました。
到着と同時に歓喜のメールを頂戴いたしました。
At the last weekend, the scrolls arrived me safely in Italy and I want to let you know, that I am very lucky again to receive them.
The new mountings do look fantastic and fit very well to the painting.
The Rengetsu work looks so elegant and refined with the subtle colors of the mounting and the energetic Sengai painting makes even more fun to look at with the bold colors around it.
You did a great job again. I can just imagine what a hard nerve-racking work it must been to restore the Sengai scroll with the serious wrinkles.
The futo-maki was a very good suggestion and I also like the the lid from the old box inserted into the new one. It is perfect!
Thank you so much again.
とても喜んでくださり嬉しい限りです。
太巻や蓋の移植についてもご評価いただきこちらも提案した甲斐がありました。
海外の方で桐箱の蓋を移植するケースは初めてで英語で説明をするのに随分と苦労しましたが喜んでくださり何よりです。
弊社は今回のように世界各国から掛軸に関するご相談を受け付けております。
傷んでしまった掛軸の修理や仕立替のご相談がございましたら遠慮なしにご相談ください。